にぶDの【目指せ40代で半不労所得生活】

はじめまして。1児のアラサーママです。40代で半不労生活を送るべく、いろいろ活動をしています。仕事のこと、投資のこと、そして子育てのことを飾らずに記録していきます。

出産はスタートでした。

ご覧いただきありがとうございます。

 

第一回ブログは

出産、そして個人事業主になるきっかけについてご紹介します。

 

【出産は命がけ】

 

当たり前ですが、命がけですよね。

 

私の息子の場合、

出産に4日かかりました。

 

予定日過ぎても陣痛が来ないから、

誘発入院のため、日曜日の午後入院

月曜、誘発剤開始

7分間隔の陣痛

火曜、点滴で誘発剤投与

3~5分間隔の陣痛

高位破水

水曜、引き続き誘発剤

相変わらず3~5分陣痛

破水

もう、体力限界

木曜 、1分陣痛

子宮口開かず

緊急帝王切開

胎便吸引症候群で救急搬送

金曜、夕方、私の意識戻る

出産したこと、息子が救急搬送されていることを知る

(インフル大流行のため、夫との面会謝絶)

歩けたら息子に会いに行っていいと言われ、

消灯時間ぎりぎりまで歩く練習をする

土曜、死ぬ気で歩き、

別病院に搬送されている息子に会いに行く

(もちろん、NICUに夫は入れず、私も夫に会えず)

日曜、息子に会いに行く

翌日退院、同じ病室でOKの許可が出る

(まだ息子と私は、夫に会えず)

月曜、息子退院、私のいる病院に入院

夕方、夫と久しぶりに会い、息子との対面

 

対面シーンを見たとき、

「会社都合で生きる人生ではなく、

 自分の時間を自分と家族のために使える人生を送ろう」

と思い、起業を決意。

 

こんな感じです。

本当に、自分も死ぬかと思いましたし、

月曜から木曜まで陣痛に付き合った夫も死にそうでした。

 

そして、ずっとおなかにいた我が子に

会えなかった二日間、生きた心地がしませんでした。

 

そして、会えた日、

夫に合わせてあげられた瞬間の感動は今でも鮮明に覚えています。

 

死ぬ気で歩いた時の痛みは忘れてるのに不思議ですね。

今は腹の傷も薄くなり、だいぶ見えなくなりました。

 

ただ、陣痛に付き合ってる夫は、

毎日、出勤するか、休むか、

とても悩んでました。

 

産休とれる環境ではなかったので当たり前ですね。

 

ただ、私も息子も命がけのときに

仕事を休むかどうか悩んでいる夫には腹が立ったことは覚えてますェヘ

 

ということがあり、

命がけで頑張っているときに、

誰かに許可を取るなんて嫌だ!

 

誰に許可を取るでもない、

働きたいときに働いて、

休みたいときに休み、

息子にかまけたいときはかまけられるような生活をするぞ!

 

と決意をしたのでした。

 

次は、今までの経緯と今のお仕事について、ご紹介します。